含水率の低い食品中の成分は多くの場合,無秩序な構造(非晶質)で存在し[1,2],その構造はガラス状態およびラバー状態に分類される[3].ガラス状態では分子の動きや拡散が大きく制限される[4].ガラス状態とラバー状態の変化をガラス転移といい,転移が起こる温度をガラス転移温度 T gという[1].温度や含水率が高くなると,ガラス状態からラバー状態に転移する[3].このガラス転移は分子の運動性を高めるので,化学的変化や物理的変化を促進する[3,5].
ガラス状態にある食品は保存性が高く品質が保持されるので,食品の保存条件を合理的に決定するうえで,ガラス転移の理解は大切である[4].示差走査熱量分析(DSC)や熱機械分析が T gの測定に汎用される[1,4,5].また,核磁気共鳴,電子スピン共鳴や誘電緩和も利用される[1,4,13].しかし,これらの測定に用いる器機は高価であり,また前処理が必要な場合もある.
ベタニンは,室温よりやや高温で一次反応速度式に従って退色する天然色素である[14].本研究では,温度を一定の速度で上昇させる定速昇温条件下で,粉体に添加したベタニンの退色を汎用的な機器である分光光度計で測定することにより,粉体の T gを推定する方法を提案する.
マルトデキストリン(MD;Dextrose equivalent=19)に重量分率が20%または40%になるようにフルクトース(Fru)を混合(MD+20%FruおよびMD+40%Fruと表記)し,そこに0.16%(w/w)のベタニンを含むMDを4%(w/w)の割合で添加した.これらの混合物を同重量の水に溶解した液を20 mL/minの流量で噴霧乾燥機(B-290,Büchi)に供給し,乾燥粉末(入口および出口の空気温度はそれぞれ120℃と73~76℃)を調製した.なお,フルクトースを添加せず,MDにベタニンを分散した試料(MD-alone)も調製した.乾燥粉末0.1 gを試験管に測り取り蓋をした.これらの試験管(19本)をヒートブロックに入れ,0.3,0.5または1.0℃/minで室温から230℃まで昇温した.適切な間隔で試験管1本を取り出し,5.0 mLの水を加えて溶解した.その水溶液の530 nmにおける吸光度から残存するベタニンの量を求めた.
Fru含有率の異なるMD粉末を昇温速度0.5℃/minで加温したときに残存するベタニン量をFig. 1とFig. 2に示す.80℃付近まではベタニンはほとんど退色しないが,それ以上の温度になると,退色が急激に進行した.定速昇温条件下におけるベタニンの残存率 Y と温度 T の関係は次式で表した[15].
ここで,αは昇温速度, R は気体定数, E は活性化エネルギー, A 0は頻度因子である.種々の粉体に対する式(1)によるプロット(Fig. 3)は,いずれの粉体についても高温側と低温側の2本の直線で表され,その交点からそれぞれの粉体の T gを算出した.フルクトースの含有率が高くなると T gが低下した(Fig. 4).また,式(1)より求めた E と A 0はともにフルクトース含有率が高くなると大きくなった(Fig. 5).さらに, E と A 0の対数値のプロットは直線となり(Fig. 5の内図),粉末中でのベタニンの退色に対して熱力学的補償効果[16,17]が成立した.したがって,フルクトースの存在はベタニンの退色反応に影響を及ぼさない.
提案法により求めた T gの妥当性は,汎用的なDSCなどにより測定した T gとの比較により検証するのが一般的である.しかし,ここでは高価な装置を用いないことを前提としているので,以下の方法で妥当性を検討した.それぞれの粉体の組成 wi (MD,フルクトースと水の含有率)および各成分の T g, i と熱容量の差Δ c p, i (Table 2)に基づいて[19-22],Couchman-Karasz式[18]により,ガラス転移温度 T g,calを求め,提案法による値 T g,expと比較した(Fig. 4の内図).両者はほぼ一致し,簡便な提案法の妥当性を支持した.
このように,粉体に色素であるベタニンを添加し,定速昇温条件下における色素の退色から,高価な装置を用いることなく,粉体の T gが簡便に求められることを示した.