行為とそれに伴う感覚事象の時間的関係性は,因果関係の理解や,行為の主体感の生起に重要な要素の一つである.例えば電球のスイッチを押した際,光の点灯が行為よりも先行して感じられれば,光の点灯は自身の行為とは無関係に生じたと判断されるだろう.日常ではこのような時間順序の錯誤はほとんど生じないが,一方で,感覚間には神経伝達速度の違いがあり,同時に入力が生じたとしても,各情報はそれぞれ異なる時間に脳に届き処理されている.また,蛍光灯のスイッチのように,使用する装置によっては感覚事象の生起までに僅かな遅延が生じる場合もある.我々はこうした異なるタイミングで処理される情報をどのように関連づけ,行為と結果の関係性を理解しているのだろうか. 近年,行為や感覚事象の知覚的なタイミングが,行為の自発性によって変化することが示され,注目を集めている.意図に関連した結合(intentional binding,以下IB と略す)と呼ばれるこの現象は,我々が自身の行為とそれに伴う感覚事象の結び付きをどのように認識しているのかについて,重要な示唆を与えてくれる.本稿ではこの現象に焦点を当て,関連する二つの文献を紹介する. 一つ目に紹介する論文は,IB 現象が2002 年に初めて報告されてから10 年間の研究動向をまとめた総説論文である.特にこの論文では,IB の生起や程度にどのような情報が影響を及ぼすのか,IB が行為主体感のどのような側面と関連しているのかに着目して解説が行われている.二つ目に紹介する論文は,従来IB 研究で関心の持たれてきた行為に伴う感覚事象ではなく,行為を引き起こす感覚事象に着目し,その知覚タイミングを検討した研究である.一連の実験から,行為を誘発する感覚事象のタイミングが実際よりも遅れて知覚されることが示され,行為とそれに先行する感覚事象の間でも時間的な結合が生じることが示唆されている. これらの論文は,行為やその意図が前後の感覚事象と密接に関連づけられることを示している.このような関連づけは,我々の一貫した意識的世界の構築に寄与しているのかもしれない.一方で,それぞれの論文でも触れられているように,IB 現象と行為主体感の関係性については議論の余地があり,今後の更なる研究が待たれる.