ニヤーヤ学派は討論術の整備に意欲的であり,中でも敗北の条件(nigrahasthana,討論における勝者と敗者を決めるための規則)はNyayasutra (NS)において二十二種類の項目として整序されるに至った.このニヤーヤ学派の敗北の条件の規定をNSの諸註釈者の解釈を踏まえた上で批判的に検討し,仏教論理学の立場から改めて敗北の条件を定義し直したのが,ダルマキールティ(Dharmakirti)のVadanyaya (VN,『ヴァーダ・ニヤーヤ』)である.ダルマキールティはVNの前半部分において仏教論理学の諸概念を用いて敗北の条件を定義しており,他方で,VNの後半部分ではニヤーヤ学派の規定する二十二種類の敗北の条件を個別的に批判している.従来の研究ではこのVN前半部と後半部の関係性を調べるという包括的分析の視座が十分には取られてこなかった.そこで本稿は,VN前半部と後半部を部分的に対照してみせることで,VNを包括的に分析する方法論の一端を紹介し,さらに,局所的にではあるがこのアプローチのもとで明らかになるVNの独自性と思想史的意義を示すことを目的とする.具体的には,VN前半部におけるasadhanangavacana(立論者にとっての敗北の条件)の第一・第二・第三解釈と,VN後半部でのnyuna(ニヤーヤ学派の規定する第十一番目の敗北の条件)に対する批判内容とを比較対照する.この分析の結果,ダルマキールティはVNにおいて,彼独自の多様な論理学説をasadhanangavacana等の全く新たな討論術的概念に収歛させることにより,ニヤーヤ学派による従来の敗北の条件の内容と相違点や類似点をもつものとして敗北の条件を定義し直した,という事実が判明した.なお,本研究は,VN前半部全体の内容と,nyuna以外の他の二十一項目に対する批判内容とを比較対照させるという仕方での更なる発展性を有している.