西北九州地域における縄文早期から弥生時代の集団の変遷を調べる目的で,佐世保市の岩下洞穴と下本山岩陰遺跡から出土した人骨9体のDNA分析を行った。抽出したDNAをもとにAPLP分析と次世代シークエンサによるミトコンドリアDNAの解析を行った結果,下本山岩陰遺跡出土の弥生時代人骨2体のミトコンドリアDNAハプログループと全塩基配列を決定することができた。特に次世代シークエンサによる分析では,ミトコンドリアDNAの全塩基配列をそれぞれ平均深度178.73と61.02で決定し,今回の実験に採用したミトコンドリアDNAをキャプチャしてから解析する方法の有効性が確かめられた。ミトコンドリアDNAの分析ができたのが2体だけだったので,集団の遺伝的な特徴や時間軸に沿った遺伝的な変化を追求することはできなかったが,西北九州型弥生人と呼ばれる形態学的には縄文人の系統を引くといわれる人骨が,縄文人に多いハプログループM7aと渡来系弥生人に多いD4aを持っていることが明らかとなった。これまで九州地方出土の縄文人に関してはDNA分析の報告が無くその実体は不明だったが,今回の結果からは西北九州型弥生人の中にも本州の縄文人と同じミトコンドリアDNAの系統が存在することが示された。一方,渡来系と考えられるハプログループが検出されたことは,西北九州における弥生人集団の棲み分けがそれほど明確なものではなく,双方の交流を伴ったものである可能性があることを示唆することになった。