「食品の物性そして水」の一編として,ガラス状態(アモルファス状態)の糖によるタンパク質の熱安定化に関する実験と分子動力学(MD)シミュレーションの研究例を紹介した.最初に分子シミュレーション,とくにMDシミュレーションの概要を述べたのち,糖によるタンパク質の熱安定化についての実験とMD計算の事例を報告した.実験では,糖-酵素水溶液を凍結乾燥して得られた試料について,高温保存時の熱失活に関する実験結果から,同一の糖において,ガラス状態である方が結晶化した場合より熱安定化作用が強いことを示した.対応するMDシミュレーションの結果から,熱安定化作用は糖-タンパク質間の水素結合数だけでなく,水素結合の寿命にも依存していることが示唆された.分子シミュレーションは今後益々実験を補完する有用な道具となっていくものと考えられる.