瀬戸内沿岸地帯の食習慣の特徴とその伝承背景を明らかにするため, 海藻料理を一指標として調査研究を進め次のような結果を得た. (1) 海藻の種類から見た食習慣の特徴は紅藻類の利用にあり, イギス・オゴノリ・フノリ・テングサなど多種類の紅藻がほぼ調査地域全域で食材料として利用されてきていた. (2) 海藻採取の日的は, 半農半漁の合間に行われる自給のための採取が基本であった. (3) 海藻の保存と料理法は住民が長年の経験の中から会得した海藻の科学的性質に沿ったものであり, 海藻成分の損失や品質低下の防止を考慮に入れた乾燥法や保存法の工夫がなされていた.また各地域で栽培されている米・大豆・柑橘類等と, うまく組み合わせた合理的な料理法の発達がみられた. (4) 中でもイギスには米糠汁や大豆を用いて加熱溶解・凝固させるという特異的な料理法が伝承されており, その特徴を地域性としてとらえることができ, 大豆を使用する芸予諸島から今治周辺地域と, 米糠汁を用いるその他の地域に二分できることが明確となった. (5) 海藻は精進材料としても使用され, 中でもイギス料理やヒジキの白和えは仏事の供物とか客膳料理には無くてはならぬもので, 行事食としての位置付けは高いものであった. (6) 同じ瀬戸内海にあっても太平洋側との接点に当たる愛媛県の佐田岬半島から大分県の佐賀関半島を結ぶ地域では, イギスは自生せずアラメ・クロメが自生し, また, 海藻採取は収入源とも成りえているなど, 上記の瀬戸内沿岸とは特徴を異にしていた.