本研究は,阪神・淡路大震災記念,人と防災未来センターをフィールドに,公的な施設での語り部による阪神・淡路大震災の伝承と聞き手の応答について考察したものである。筆者らはこれまで人と防災未来センターでフィールドワークを行い,語り部と聞き手の対話を理論的に検討してきた。そして,その中で,語り部活動の現場では,聞き手が震災の語り部という役割に期待する「震災なるもの」の語りとは異なる語りが聞かれることがあり,また語り部にとっても聞き手に期待する反応が得られないことがあるということがわかった。本研究では,こうした対話のズレが見えるとき,それを「対話の綻び」と称することとし,その例を紹介する。ここでの「対話の綻び」とは,語り部の語りの中で,公的な震災のストーリーと私的な体験との間のズレが露呈することにより,語り部と聞き手の双方にとって互いが期待する反応を得られないことをあらわす。無論,語りは本来,公―私の軸のみに限定されるものではないが,ここでは公的なストーリーを発信する人と防災未来センターにおける,ボランティアの私的な語りに注目しているので,公―私に関わるものに注目した。その結果,対話の綻びは,震災を伝える障害となっているのではなく,聞き手に「震災が自分に起こりうるかもしれない」という偶有性を喚起する可能性があることを述べた。さらに,実践的な提言として,綻びを顕示し,偶有性を高め,伝達を促進する役割を担う媒介者(mediator)の導入の意義についても考察した。