左側頭頭頂葉皮質下出血により読字・書字障害のみを呈し,読字では仮名が,書字では漢字が選択的に障害された1例を報告した。本例は読字・書字における漢字処理と仮名処理過程の神経心理機構について示唆を与える症例である。 症例は74歳の右利き男性。仮名に選択的な失読と漢字に選択的な失書を認めた。漢字の読みと仮名書字は正常に保たれていた。発症初期には喚語困難と聴覚的理解の障害を認めたがこれらの失語症状は速やかに消退した。本例はX線CT上,左側頭頭頂葉移行部の皮質下に病巣があり,この部位の損傷により後頭葉から角回に至る仮名読みを担う経路と側頭葉から後頭葉を経て運動野に至る漢字書字の経路が同時に損傷されて仮名の失読と漢字の失書を呈したと推察した。日本語の読み書きには神経心理学的に異なる4つの処理過程—漢字の読みと書字,仮名の読みと書字—が存在するが,本例の症状はこの4つの過程が選択的に障害されうる場合があることを示している。