糖質の脂質変敗抑制作用のメカニズムについて検討した.トレハロースは不飽和脂肪酸の加熱およびラジカルによる過酸化反応を顕著に抑制した.他の糖質(スクロース,マルトースおよびネオトレハロース)では抑制効果はみられなかったが,マルチトールでトレハロースに次ぐ抑制作用が確認された.マルチトールは,ラジカル捕捉作用により不飽和脂肪酸の酸化反応を抑制することがわかった.一方,トレハロースによる脂質変敗抑制は,トレハロースが不飽和脂肪酸の酸化反応部位に結合し,酸化反応の遷移状態が影響を受けることにより引き起こされると示唆された.NMR解析の結果,トレハロースが不飽和脂肪酸の cis 型不飽和結合に1 : 1の割合で選択的に作用することがわかった.トレハロースの作用部位はC-3(C-3´ )位およびC-6´ (C-6)位であった.このような相互作用は,他の糖質では観測されなかった.量子化学的手法を用いた理論解析の結果,トレハロース3位OH基および6´ 位OH基と cis 型不飽和結合とがOH…π型およびCH…O型水素結合した錯体構造が得られた.さらに,脂質の酸化初期反応のシミュレーションモデルとしてメチルラジカルによるヘプタジエン活性メチレン水素の引き抜き反応モデルを構築し,水素引き抜き反応の活性化エネルギーを求めたところ,トレハロースとの錯体形成により,約30 kcal mol-1のエネルギー増大が観測された.以上の結果から,トレハロースに特有な不飽和結合との相互作用が,脂質変敗抑制作用に関与していることが示唆された.本研究において,トレハロースおよびマルチトールの脂質変敗抑制について,分子レベルでの作用メカニズムをはじめて明らかにした.